正史『三国志』魏書文帝紀をゆるゆる翻訳するよ! その2

正史『三国志』魏書文帝紀をゆるゆる翻訳するよ!

はじめに

ChatGPT の力を借りて、正史『三国志』の 「魏書」の「文帝紀」 をゆるゆる翻訳するよ!
(そう)() について書かれているよ!

本文中で曹丕は「文帝」「王(魏王)」と書かれているけど、訳では「曹丕」と書くよ。

『三国志』を気軽に楽しく読んでみよう!

文帝紀は長いから記事を分けたよ。この記事は、『献帝伝』にある禅譲までのやりとりだよ。

出典

三國志 : 魏書二 - 中國哲學書電子化計劃から原文を引用しているよ。

注意事項

  • ふわふわ理解のゆるゆる意訳だよ。正確性や確実性は保証できないよ。
  • ChatGPT に意訳してもらったよ。出力された文章を一部加筆・修正して掲載しているよ。
  • 第三者による学術的な検証はしていないよ。

翻訳の詳細は「ChatGPT と協力して正史『三国志』をゆるゆる翻訳するよ!」を見てね。

真面目な日本語訳は書籍が出版されているから、きっちりしっかり知りたい人はそちらを読んでみてね!

正史 三国志 全8巻セット (ちくま学芸文庫)
www.amazon.co.jp
正史 三国志 全8巻セット (ちくま学芸文庫)

禅譲までのやりとり

(そう)()「禅譲は辞退する」臣下「いやいや、即位してくださいよ」を繰り返すよ。このおかげで後の世に続く禅譲の定型ができあがったよ。

李伏の言葉

(註23)

獻帝傳載禪代衆事曰:左中郎將李伏表魏王曰:「昔先王初建魏國,在境外者聞之未審,皆以為拜王。武都李庶、姜合羈旅漢中,謂臣曰:『必為魏公,未便王也。定天下者,魏公子桓,神之所命,當合符讖,以應天人之位。』臣以合辭語鎮南將軍張魯,魯亦問合知書所出?合曰:『孔子玉版也。天子歷數,雖百世可知。』是後月餘,有亡人來,寫得冊文,卒如合辭。合長於內學,關右知名。

(けん)(てい)(でん)』には禅譲のいろいろな事が記されているよ。
()(ちゅう)(ろう)(しょう)()(ふく)(そう)()に上奏してこう言ったよ。
「昔、先王((そう)(そう))が()国を初めて建てた時、国境の外の人たちはそれを聞いてもはっきりとわかっていなくて、みんなは王になったと思っていたんだ。()()の出身の()(しょ)(きょう)(ごう)(かん)(ちゅう)に旅をして滞在していた時、私にこう言ったよ。
()(こう)になったのであって、まだ王にはなっていないよ。天下を定める者は、()(こう)()(かん)(そう)())だよ。神の命によるもので、天と人の意志に応じる地位にふさわしい予言があるはずだよ』
私はこの話を、(ちん)(なん)(しょう)(ぐん)(ちょう)()に語ったよ。(ちょう)()(きょう)(ごう)に尋ねたよ。
『その書はどこから出たの?』
(きょう)(ごう)はこう答えたよ。
(こう)()の玉版(玉に文章が刻まれたもの)だよ。天子の天道は、百世経っても知ることができるんだ』
その後、1ヶ月以上経って、亡命者がやってきて、書かれた文章を得たけど、その内容は(きょう)(ごう)の言葉どおりだったんだ。(きょう)(ごう)は内学に優れていて、関西では名が知られていたんだよ。

(註23)

魯雖有懷國之心,沈溺異道變化,不果寤合之言。後密與臣議策質,國人不協,或欲西通,魯即怒曰:『寧為魏公奴,不為劉備上客也。』言發惻痛,誠有由然。合先迎王師,往歲病亡於鄴。

(ちょう)()は国を思う心を持っていたけど、異なる道に進んで変化を求めて、(きょう)(ごう)の言葉に気付くことができなかったんだ。その後、(ちょう)()は私とこっそりと相談したけど、国の民は協力しないで、西に通じようとする人もいたんだ。すると、(ちょう)()は怒りながらこう言ったよ。
『私は(そう)(そう)の奴隷になる方が、(りゅう)()の上客になるよりもましだよ』
この言葉は悲しみに満ちていたよ。(きょう)(ごう)は、(そう)()の軍を迎えに行ったけど、昨年に(ぎょう)で病に倒れたんだ。

(註23)

自臣在朝,每為所親宣說此意,時未有宜,弗敢顯言。殿下即位初年,禎祥衆瑞,日月而至,有命自天,昭然著見。然聖德洞達,符表豫明,實乾坤挺慶,萬國作孚。臣每慶賀,欲言合驗;事君盡禮,人以為諂。況臣名行穢賤,入朝日淺,言為罪尤,自抑而已。今洪澤被四表,靈恩格天地,海內翕習,殊方歸服,兆應並集,以揚休命,始終允臧。臣不勝喜舞,謹具表通。」

私が朝廷に仕えている間、いつもこの考えを親しい人たちに伝えようとしたけど、時がまだふさわしくなかったから、はっきりと言うことはできなかったんだ。殿下((そう)())が王に即位した最初の年には、幸運なしるしが次々と現れて、日月が重なって、それはまさに天命が明らかに示された瞬間だったよ。聖人としての徳は広く知れ渡って、天からの知らせも前もってはっきりと示されていて、実に天地が祝福して、すべての国が信頼を寄せているよ。私は毎回祝って、(きょう)(ごう)の言葉が的中していることを伝えたいと思ったけど、君主に対して礼を尽くすことは、人々からは媚びを売る行いと見られることもあるんだ。それに、私の名声は卑しくて、朝廷に出仕したのもつい最近だから、言葉は罪とされる恐れがあるから、自分を抑えていたんだ。でも、今は大きな恩が四方に広がって、神の恩みが天地に届いて、国内が平和に満ちて、異なる地域の人たちも服従しているよ。予言が次々と実現して、吉兆が現れて、初めから終わりまで、善良であることが証明されているんだ。私は喜びに堪えられないから、謹んでこの意を申し上げるよ」

(註23)

王令曰:「以示外。薄德之人,何能致此,未敢當也;斯誠先王至德通于神明,固非人力也。」

(そう)()は命令してこう言ったよ。
「これを外に示してね。徳の薄い人間が、これを達成することはできないよ。私は、これを受けるに値する者であるとは思っていないの。実際、先王((そう)(そう))の徳が神明と通じていた結果で、人間の力によるものではないんだ」

劉廙たちの言葉

(註23)

魏王侍中劉廙、辛毗、劉曄、尚書令桓階、尚書陳矯、陳羣、給事黃門侍郎王毖、董遇等言:「臣伏讀左中郎將李伏上事,考圖緯之言,以效神明之應,稽之古代,未有不然者也。故堯稱歷數在躬,璿璣以明天道;周武未戰而赤烏銜書;漢祖未兆而神母告符;孝宣庂微,字成木葉;光武布衣,名已勒讖。是天之所命以著聖哲,非有言語之聲,芬芳之臭,可得而知也,徒縣象以示人,微物以效意耳。

(そう)()侍中(じちゅう)(りゅう)(よく)(しん)()(りゅう)(よう)(しょう)(しょ)(れい)(かん)(かい)(しょう)(しょ)(ちん)(きょう)(ちん)(ぐん)(きゅう)()(こう)(もん)()(ろう)(おう)()(とう)(ぐう)たちがこう言ったよ。
「私たちは()(ちゅう)(ろう)(しょう)()(ふく)が上奏したことを読んだよ。予言の言葉を調べて、神明の応えに従って、古代の事例を考察すると、それが間違っていないことを確認できたよ。昔、(ぎょう)は天の運命が自身にあることを言って、(せん)()(星盤)を使って天道を明らかにしたよ。(しゅう)()(おう)はまだ戦いを始めていないのに、赤い烏が書をくわえて現れたよ。(かん)(こう)()(りゅう)(ほう))はまだ兆しも見えないうちに、母によって予言が告げられたんだ。(かん)(せん)(てい)は、木の葉に名前が現れたよ。(こう)()(てい)は庶民だった時に、名前が予言書に刻まれていたよ。これらはすべて、天命が聖人や賢者を明らかにしたもので、言葉や音や香りによって知ることができるものではないんだ。象徴的な物を掲げて人々に示して、ささいな物を使って意図を表したの。

(註23)

自漢德之衰,漸染數世,桓、靈之末,皇極不建,曁于大亂,二十餘年。天之不泯,誕生明聖,以濟其難,是以符讖先著,以彰至德。殿下踐阼未朞,而靈象變于上,羣瑞應于下,四方不羈之民,歸心向義,唯懼在後,雖典籍所傳,未若今之盛也。臣妾遠近,莫不鳧藻。」

(かん)の徳の衰えてから、数世代にわたって悪化して、(かん)(てい)(れい)(てい)の時代の末期には皇帝の権威が築かれないまま、大乱に陥っちゃって、20年以上が経ったね。でも、天は滅びることがなくて、明るく賢い者を生み出してその難を救ったよ。だからこそ、天からの知らせが先に示されて、その優れた徳を明らかにしたんだ。殿下((そう)())が王に即位してまだ短い間のうちに、天には神々しい象徴が現れて、地には様々な吉兆が応じたよ。四方の従わない民も心を帰して義に向かって、ただ後れを取ることを恐れるだけだよ。古典に伝わるものも、今ほど盛んなことはなかったみたい。私たち臣下は、遠近を問わないで、みんな感激しているの」

(註23)

王令曰:「犂牛之駮似虎,莠之幼似禾,事有似是而非者,今日是矣。覩斯言事,良重吾不德。」

(そう)()は命令してこう言ったよ。
「まだら牛の模様が虎に似ているみたいに、そして野草の芽が穀物に似ているみたいに、事柄には似て非なるものがあって、今日それがその例だよ。これらの言葉や出来事を見ていると、私の徳が足りないことを痛感するよ」

「犂牛」は『(ろん)()』から? 儀式の生贄に使えない牛だよ。
「莠」は『(もう)()』から?

許芝の言葉

(註23)

於是尚書僕射宣告官寮,使咸聞知。辛亥,太史丞許芝條魏代漢見讖緯於魏王曰:「易傳曰:『聖人受命而王,黃龍以戊己日見。』七月四日戊寅,黃龍見,此帝王受命之符瑞最著明者也。又曰:『初六,履霜,陰始凝也。』又有積蟲大穴天子之宮,厥咎然,今蝗蟲見,應之也。

これによって、(しょう)(しょ)(ぼく)()が役人たちに告示をして、全員に知らせるようにしたよ。辛亥の日、(たい)()(じょう)(きょ)()は、(そう)()に向けて、(かん)から()へ代替わりする出来事が予言書に記されていることを伝えたよ。
「『(えき)(きょう)』には『聖人が天命を受けて王となる。黄龍が戊己の日に現れる』とあるよ。7月4日の戊寅の日に黄龍が現れたのは、帝王が天命を受けた最も明らかな吉兆だよ。さらに、『初六は霜を踏む。陰が凝り始める(小さな兆候が現れれば、やがて大きな事に至る)』とあるよ。それに、地中の虫が天子の宮殿に大穴を開けるのは災いの前兆で、今のイナゴの出現がこれに応じているよ。

讖緯は、予言書のことだよ。予言はふわふわな内容だから、いろいろな解釈ができるんだね。
「有積蟲大穴天子之宮」は、(かん)の武帝の時代に起きた巫蠱の禍のことかな?

(註23)

又曰:『聖人以德親比天下,仁恩洽普,厥應麒麟以戊己日至,厥應聖人受命。』又曰:『聖人清淨行中正,賢人福至民從命,厥應麒麟來。』春秋漢含孳曰:『漢以魏,魏以徵。』春秋玉版讖曰:『代赤者魏公子。』春秋佐助期曰:『漢以許昌失天下。』

加えて、『聖人は徳で天下を治めて、仁と恩が広く行き渡らせて、それに応じて麒麟が戊己の日に現れる、これは聖人が天命を受けた印である』とあるし、『聖人は清らかで正しい行いをして、賢人が福を受け民が従う、これに応じて麒麟がやってくる』とも言うよ。『春秋漢含孳』には『(かん)()に、()は徴に』とあって、『春秋玉版讖』には『赤(赤は(かん)の色)に代わる者は()の公子』とあるし、『春秋佐助期』は『(かん)(きょ)(しょう)で天下を失う』とあるよ。

(註23)

故白馬令李雲上事曰:『許昌氣見於當塗高,當塗高者當昌於許。』當塗高者,魏也;象魏者,兩觀闕是也;當道而高大者魏。魏當代漢。今魏基昌於許,漢徵絕於許,乃今效見,如李雲之言,許昌相應也。

かつての白馬令(はくばれい)だった()(うん)が上奏して、こう言ったよ。 『(きょ)(しょう)の気が(とう)()(こう)に現れるよ。(とう)()(こう)が昌える(栄える)のは(きょ)だよ』
(とう)()(こう)とは()を指していて、()を象徴するものは両観関(宮殿の門の両側にある二つの楼)だよ。道の上で高大なものは()だよ。()(かん)に代わるの。今、()の基盤が許で栄えていて、(かん)(の帝)は(きょ)で影響力を失っているよ。これは()(うん)の言葉のとおりに、(きょ)(しょう)がふさわしいということだよ。

「当塗高」は、袁術が皇帝を称するときにも使われた言葉だよ。「魏」には「高い」という意味があるよ。

(註23)

佐助期又曰:『漢以蒙孫亡。』說者以蒙孫漢二十四帝,童蒙愚昏,以弱亡。或以雜文為蒙其孫當失天下,以為漢帝非正嗣,少時為董侯,名不正,蒙亂之荒惑,其子孫以弱亡。孝經中黃讖曰:『日載東,絕火光。不橫一,聖聦明。四百之外,易姓而王。天下歸功,致太平,居八甲;共禮樂,正萬民,嘉樂家和雜。』此魏王之姓諱,著見圖讖。易運期讖曰:『言居東,西有午,兩日並光日居下。其為主,反為輔。五八四十,黃氣受,真人出。』言午,許字。兩日,昌字。漢當以許亡,魏當以許昌。今際會之期在許,是其大效也。

『春秋佐助期』よると、『(かん)は蒙孫(無能な子孫)によって滅びる』とあるよ。解釈する人たちは、蒙孫とは(かん)の24代目の帝を指していて、彼は幼くて無知で愚かで、弱いから滅びると考えているよ。それに、ある者は雑文をもとに、蒙孫が天下を失うと解釈したよ。これは、(かん)の帝((けん)(てい))は正統な後継者ではなくて、彼は幼いときに(とう)(こう)と呼ばれて、名前が正しくなくて、混乱と迷いがあるから、その子孫は弱くて滅びると考えているよ。
『孝経中黄讖』によると、『日が東に昇り、火の光は絶える。一に横たわらなくて、聖人は聡明である。400年の後に、姓が変わって王となる。天下は功に帰して、太平が訪れる。八甲(八つの干支の組み合わせ)にあって、礼楽を共にし、万民を正し、家族は和やかに過ごす』とあるよ。これは(そう)()の姓と名に関する予言で、予言に明らかに示されているんだ。
『易運期』の予言によると、『言が東にあって、西に午がある。2つの日が並んで光を放ち、その主は逆に補佐となる。五と八をかけて四十になり、黄色い気が受けて、真人が現れる』とあるよ。『言居東,西有午』は『許』という字で、2つの日は『昌』を意味しているんだ。(かん)(きょ)で滅んで、()(きょ)(しょう)で栄えるよ。今、この時期が(きょ)にあって、これが大きな結果だよ。

「日載東」は「日」に「東」を載せると「曹」、「不橫一」は「不」に「一」を足すと「丕」になるよ、っていうことかな。

(註23)

易運期又曰:『鬼在山,禾女連,王天下。』臣聞帝王者,五行之精;易姓之符,代興之會,以七百二十年為一軌。有德者過之,至於八百,無德者不及,至四百載。是以周家八百六十七年,夏家四百數十年,漢行夏正,迄今四百二十六歲。又高祖受命,數雖起乙未,然其兆徵始於獲麟。獲麟以來七百餘年,天之歷數將以盡終。

『易運期』はまた『鬼が山にいて、禾と女が連なって、王が天下を治める』とあるよ。私が聞くところによると、帝王たちは五行の力を持っていて、姓の変わる知らせは時代の興隆の兆しで、その周期は720年になるんだって。徳のある人はそれを超えて800年に達するし、徳のない人は400年に満たないよ。だから、(しゅう)は867年、()は 400年以上続いたよ。(かん)()の正統を継いで今まで 426 年が経ったよ。それに、(こう)()(りゅう)(ほう))が天命を受けた時((かん)を建国した時)、数えてみると起こったのは乙未の年で、その兆しは麒麟を獲ることから始まったよ。麒麟を獲ってから700年以上が経って、天の運命は終わりに近づいているよ。

(註23)

帝王之興,不常一姓。太微中,黃帝坐常明,而赤帝坐常不見,以為黃家興而赤家衰,凶亡之漸。自是以來四十餘年,又熒惑失色不明十有餘年。建安十年,彗星先除紫微,二十三年,復掃太微。新天子氣見東南以來,二十三年,白虹貫日,月蝕熒惑,比年己亥、壬子、丙午日蝕,皆水滅火之象也。

帝王の興隆は、ひとつの姓に限るわけではないよ。天の中心では、黄帝の星がいつも明るく輝いている一方で、赤帝の星は見えなくなっているんだ。これは、黄家が興って、赤家が衰える災いや滅亡の兆しと考えられているの。これから約40年以上の間に、火星が10年以上も輝きを失っているんだ。建安10年(205年)には彗星が最初に天帝の星を通過したよ。そして建安23年(218年)にはふたたび天の中心を横切ったんだ。新しい天子の気が東南に現れて、建安23年(218年)には白い虹が太陽を貫いたり、月が火星に入ったんだ。年ごとに己亥、壬子、丙午に日食があって、これらはすべて水が火を消す象徴だよ。

(註23)

殿下即位,初踐阼,德配天地,行合神明,恩澤盈溢,廣被四表,格于上下。是以黃龍數見,鳳皇仍翔,麒麟皆臻,白虎效仁,前後獻見於郊甸;甘露醴泉,奇獸神物,衆瑞並出。斯皆帝王受命易姓之符也。

殿下((そう)())が即位して、初めて玉座に上ったとき、徳は天地に広まって、行いは神明と調和して、恩恵は満ち溢れ、広く四方に及んで、上下にも行き渡ったよ。だから、黄龍が何度も現れて、鳳皇が繰り返し飛んで、麒麟がたどり着いて、白虎が仁を示して、ふしぎな出来事が田畑や野に現れたんだ。甘露や醴泉、珍しい獣や神秘的な物が、さまざまな吉兆と一緒に現れたよ。これらはすべて、帝王が天命を受けて姓を変える知らせだよね。

(註23)

昔黃帝受命,風后受河圖;舜、禹有天下,鳳皇翔,洛出書;湯之王,白鳥為符;文王為西伯,赤鳥銜丹書;武王伐殷,白魚升舟;高祖始起,白虵為徵。巨跡瑞應,皆為聖人興。觀漢前後之大災,今茲之符瑞,察圖讖之期運,揆河洛之所甄,未若今大魏之最美也。夫得歲星者,道始興。昔武王伐殷,歲在鶉火,有周之分野也。高祖入秦,五星聚東井,有漢之分野也。今茲歲星在大梁,有魏之分野也。而天之瑞應,並集來臻,四方歸附,襁負而至,兆民欣戴,咸樂嘉慶。

昔、(こう)(てい)が天命を受けた時、(ふう)(こう)が河図を受け取ったよ。(しゅん)()が天下を治めた時、鳳凰が舞って、洛水から書が出たんだって。(とう)が王になった時は、白い鳥が天からの知らせになって、(しゅう)(ぶん)(おう)が西伯だった時は、赤い鳥が丹の書をくわえて現れたんだよ。(しゅう)()(おう)(いん)を滅ぼす時は、白い魚が舟に上がったよ。そして、(こう)()(りゅう)(ほう))が興起した時は、白い蛇が兆しとなったんだ。これらはすべて、聖人が興るという大きな兆しだったよ。
(かん)の前後の大きな災害があって、今の吉兆を見れば、予言の時期を観察して、河洛の選別を考えてみても、今の大魏ほど美しいものはないよ。木星を得た者は、道が始まるんだ。昔、(しゅう)()(おう)(いん)を討った時、木星は鶉火にあって、これは(しゅう)の王朝が栄える兆しだったよ。(こう)()(りゅう)(ほう))が(しん)に入った時、5つの星(木星・火星・土星・金星・水星)が東井という星座に集まって、これは(かん)の王朝の始まりを示していたよ。今、木星が大梁にあって、これは()の王朝の始まりを示しているんだ。そして天の兆しは一斉に集まってきたよ。四方の人たちが服従して、子供を抱えてやって来る人たちがたくさんいて、民は喜んで受け入れて、みんな楽しく祝っているの。

(註23)

春秋大傳曰:『周公何以不之魯?蓋以為雖有繼體守文之君,不害聖人受命而王。』周公反政,尸子以為孔子非之,以為周公不聖,不為兆民也。京房作易傳曰:『凡為王者,惡者去之,弱者奪之。易姓改代,天命應常,人謀鬼謀,百姓與能。』伏惟殿下體堯舜之盛明,膺七百之禪代,當湯武之期運,值天命之移授,河洛所表,圖讖所載,怛然明白,天下學士所共見也。臣職在史官,考符察徵,圖讖效見,際會之期,謹以上聞。」

『春秋大伝』には『(しゅう)(こう)(たん)はどうして()に帰らなかったの? それは、(ぶん)(おう)の後を継いで文治を守る君主がいるのに、聖人が天命を受けて王となることを妨げるものではないと考えたから』とあるよ。(しゅう)(こう)(たん)が政権を返したことについて、()()は、(こう)()がこれを非難して、(しゅう)(こう)(たん)が聖人ではなくて、民のために尽くさなかったと述べているんだ。
(けい)(ぼう)が作った『易伝』によると、『王になる者は、悪を追い出して、弱きを奪う。姓を変え代を改めるのは、天命がいつも応じるから。人の計画も、霊的な兆しも、民の力も、それに影響する』とあるよ。
殿下((そう)())は(ぎょう)(しゅん)みたいな高い徳を持っていて、700年の歴史の中で天命に基づく王位の交代を受けるべきだよ。(いん)(とう)(しゅう)()(おう)みたいな時期に応じて、天命の移り変わりに値していて、河図や洛書に表されて、予言の図に載っていることがはっきりしているよ。これは天下の学者たちに共有されていることだよ。私は史官(記録官)の職にあるから、天からの知らせやしるしを調べて、予言書の効果を見て、時期が来たことを認識して、謹んで上奏するよ」

(註23)

王令曰:「昔周文三分天下有其二,以服事殷,仲尼歎其至德;公旦履天子之籍,聽天下之斷,終然復子明辟,書美其人。吾雖德不及二聖,敢忘高山景行之義哉?若夫唐堯、舜、禹之蹟,皆以聖質茂德處之,故能上和靈祇,下寧萬姓,流稱今日。

(そう)()は命令してこう言ったよ。
「昔、(しゅう)(ぶん)(おう)は天下を3つに分けてそのうちの2つを得たけど、(いん)に仕えて、その高い徳を(ちゅう)()(こう)())はほめたたえたよ。(しゅう)(こう)(たん)は天子の権威を持っていて、天下の判断を聞いていたけど、最終的には王位を返して明君に仕えて、その人徳が『(しょ)(きょう)』に美しく記されたよ。私は彼らには及ばないけど、どうして高山景行(徳が高い人)の義を忘れられるの? (とう)(ぎょう)(しゅん)()の功績は、みんな聖なる資質と優れた徳を持っていたから、上は神々と調和して、下ではすべての民をいつくしんで、今日までたたえられているの。

(註23)

今吾德至薄也,人至鄙也,遭遇際會,幸承先王餘業,恩未被四海,澤未及天下,雖傾倉竭府以振魏國百姓,猶寒者未盡煖,饑者未盡飽。夙夜憂懼,弗敢遑寧,庶欲保全髮齒,長守今日,以沒于地,以全魏國,下見先王,以塞負荷之責。望狹志局,守此而已。雖屢蒙祥瑞,當之戰惶,五色無主。若芝之言,豈所聞乎?心慄手悼,書不成字,辭不宣心。

今の私は徳がすごく薄くて、人としてもとても卑しいんだ。それでも幸運にも、先王((そう)(そう))の遺した事業を引き継ぐ機会に恵まれたけど、その恩恵はまだ四海に行き渡っていなくて、恩沢も天下に及んでいないの。倉や府の財を尽くして、()国の民を救おうとしても、まだ寒さに苦しむ者が温まらなくて、飢える者が満腹にはなっていないんだ。朝も夜も心配と不安に駆られて、安息を取ることもできなくて、なんとか髪や歯を守りながら今日まで生き延びて、地に没して()国を全うして、先王に顔向けできるようにと努めているよ。私の志は狭くて、ただこのことを守るだけだよ。たとえ何度も吉兆に恵まれたとしても、それを受けてなお恐れて、心が乱れて落ち着かないんだ。(きょ)()の言葉はどれほど信じられるの? それを聞く余裕なんてなくて、心も手も震えて字を成すことができなくて、言葉も心を表せないの。

(註23)

吾間作詩曰:『喪亂悠悠過紀,白骨從橫萬里,哀哀下民靡恃,吾將佐時整理,復子明辟致仕。』庶欲守此辭以自終,卒不虛言也。宜宣示遠近,使昭赤心。」

私は詩を作ったよ。
『戦乱が長く続いて、年月が過ぎる。白骨は数千里にわたって散らばって、哀れな民は頼るところがない。私はこの時代を助けて整えて、聖君を支えて治めて、役目を終えたい』
私はどうにかこの言葉を守って、嘘の言葉にはしないように努めるね。この言葉を広く知らせて、私の誠実な気持ちを示してね」

辛毗たちの言葉

(註23)

於是侍中辛毗、劉曄、散騎常侍傅巽、衞臻、尚書令桓階、尚書陳矯、陳羣、給事中博士騎都尉蘇林、董巴等奏曰:「伏見太史丞許芝上魏國受命之符;令書懇切,允執謙讓,雖舜、禹、湯、文,義無以過。然古先哲王所以受天命而不辭者,誠急遵皇天之意,副兆民之望,弗得已也。

すると、()(ちゅう)(しん)()(りゅう)(よう)(さん)()(じょう)()()(そん)(えい)(しん)(しょう)(しょ)(れい)(かん)(かい)(しょう)(しょ)(ちん)(きょう)(ちん)(ぐん)(きゅう)()(ちゅう)(はか)()()()()()(りん)(とう)()たちが上奏したよ。
「伏して(たい)()(じょう)(きょ)()()国の天命を受けた証について上奏したものを拝見したよ。その書はとても丁寧で、謙譲の精神に満ちていて、(しゅん)()(とう)(おう)(ぶん)(おう)みたいな古代の賢王たちの義には及ばないと述べているよ。でも、古代の賢王たちが天命を受けて辞退しなかったのは、皇天(天の意思)を守って、民の期待に応えるためで、やむを得なかったんだ。

(註23)

且易曰:『觀乎天文以察時變,觀乎人文以化成天下。』又曰:『天垂象,見吉凶,聖人則之;河出圖,洛出書,聖人效之。』以為天文因人而變,至於河洛之書,著于洪範,則殷、周效而用之矣。斯言,誠帝王之明符,天道之大要也。是以由德應錄者代興於前,失道數盡者迭廢於後,傳譏萇弘欲支天之所壞,而說蔡墨『雷乘乾』之說,明神器之存亡,非人力所能逮也。

それに『(えき)(きょう)』によると、『天文を観て時の変化を察して、人文を観て天下を形成する』とあるよ。加えて、『天は象を垂れて、吉凶を示して、聖人はこれに従う。河が図を出して、洛が書を出して、聖人はこれに倣う』ともあるよ。これは、天文は人によって変わって、河洛の書には洪範(大規模な規範)に記されているから、(いん)(しゅう)の王たちがこれを使ったんだって。これらの言葉は、まさに帝王の明らかなしるしで、天道の重要な原則でもあるんだ。
だから、徳に応じて記録された者は前に代わって興って、道を失って数を尽くす者は後に廃されるんだ。(ちょう)(こう)は天の壊れるのを支えようとして、(さい)(ぼく)が『雷が乾(天)に乗る』と説いたことを伝えて、帝位の存亡は人の力では及ばないことを明らかにしたよ。

(註23)

今漢室衰替,帝綱墮墜,天子之詔,歇滅無聞,皇天將捨舊而命新,百姓旣去漢而為魏,昭然著明,是可知也。先王撥亂平世,將建洪基;至於殿下,以至德當歷數之運,即位以來,天應人事,粲然大備,神靈圖籍,兼仍往古,休徵嘉兆,跨越前代;是芝所取中黃、運期姓緯之讖,斯文乃著於前世,與漢並見。由是言之,天命乆矣,非殿下所得而拒之也。神明之意,候望禋享,兆民顒顒,咸注嘉願,惟殿下覽圖籍之明文,急天下之公義,輒宣令外內,布告州郡,使知符命著明,而殿下謙虛之意。」

今、(かん)の王朝は衰退して、帝の秩序は崩壊して、天子の詔は消え失せて、聞こえなくなっちゃった。皇天(天の意志)は古いものを捨てて、新たに命じようとしているんだ。民はすでに(かん)を離れて()に従っていて、そのことは明らかで、知ることができるよ。先王((そう)(そう))は混乱を収めて、世を平和に導いて、しっかりした基盤を築こうとしたよ。そして殿下((そう)())は、高い徳をもって、歴数(天命の運行)の運に当たって、即位してから、天は人の出来事に応じて、輝かしく大きく備えて、神聖な図書は古来のものと兼ね備えて、良い兆候は前の歴史を超えているよ。これは、(きょ)()が引用した『孝経中黄讖』や『易運期』の姓の予言の文言が、過去に明らかにされたもので、(かん)の時代と同様に現れていることによるよ。このことから言えば、天命は長い間続いていて、拒むことはできないよ。神明の意志は、祭祀を待ち望んでいて、民は希望を寄せて、殿下が文献の明文を読んで、天下の公のことを急いで、外や内に宣言して、州や郡に告知して、天の命が明らかであることと、殿下の謙虚な意志を知らせることが求められるんだよ」

(註23)

令曰:「下四方以明孤款心,是也。至於覽餘辭,豈余所謂哉?寧所堪哉?諸卿指論,未若吾自料之審也。夫虛談謬稱,鄙薄所弗當也。且聞比來東征,經郡縣,歷屯田,百姓面有饑色,衣或短褐不完,罪皆在孤;是以上慙衆瑞,下愧士民。由斯言之,德尚未堪偏王,何言帝者也!宜止息此議,無重吾不德,使逝之後,不愧後之君子。」

(そう)()は命令してこう言ったよ。
「四方に向けて私の本当の心を明らかにするためにこの手紙を書いたの。でも、余計な言葉を見ると、それがどうして私の言いたいことなの? どうして耐えられるの? あなたたちの指摘や論評は、私自身が慎重に考えたことには及ばないよ。虚偽の話や間違った称賛は、自分に値しないものを軽蔑しているよ。それに最近、東に遠征に行ったけど、それぞれの郡や県を通って屯田を巡った結果、民は飢えた顔をしているし、衣服が短かったり整っていない人たちがいたの。その罪はすべて私にあるよね。このような状況だから、上はいろいろな吉兆に恥じ入るし、下は民や士人に対して申し訳なく感じているんだ。この言葉からもわかると思うけど、私の徳は王位を担うにはまだ不十分で、ましてや帝位についてはなおさらだよね! この議論をやめるべきで、私の未熟な徳をさらけ出さないで、私が去った後の世の君子たちに恥じないようにしてほしいんだ」

司馬懿たちの言葉

(註23)

癸丑,宣告羣寮。督軍御史中丞司馬懿、侍御史鄭渾、羊祕、鮑勛、武周等言:「令如左。伏讀太史丞許芝上符命事,臣等聞有唐世衰,天命在虞,虞氏世衰,天命在夏;然則天地之靈,歷數之運,去就之符,惟德所在。故孔子曰:『鳳鳥不至,河不出圖,吾已矣夫!』今漢室衰,自安、和、沖、質以來,國統屢絕,桓、靈荒淫,祿去公室,此乃天命去就,非一朝一夕,其所由來乆矣。

癸丑の日、臣下たちにお知らせがあったよ。(てい)(ぐん)(ぎょ)()(ちゅう)(じょう)()()()()(ぎょ)()(てい)(こん)(よう)(ひつ)(ほう)(くん)()(しゅう)たちがこう言ったよ。
「命令は次のとおりだよ。私たちは伏して(たい)()(じょう)(きょ)()が上奏した天命についての事を読んだよ。私たちは、(とう)(ぎょう)の時代が衰えた時に天命が()(しゅん)に移って、()()の時代が衰えると天命は()に移ったと聞いたよ。つまり、天地の霊威、歴史の運命、天命の変化は、徳のあるところにあるものなんだよ。だから、(こう)()は『鳳鳥が来なくて、河から図が出なかったら、私たちはもうダメだ!』と言ったの。今、(かん)の王朝は衰えていて、(あん)(てい)()(てい)(ちゅう)(てい)(しつ)(てい)の時から、国家の統治は何度も途絶えてきたんだ。(かん)(てい)(れい)(てい)の時代には乱れが生じて、官位を持つ人が朝廷から去っていったよ。これは天命が去ることとなって、一朝一夕のことではなくて、長らく続いてきたことだよ。

(註23)

殿下踐阼,至德廣被,格于上下,天人感應,符瑞並臻,考之舊史,未有若今日之盛。夫大人者,先天而天弗違,後天而奉天時,天時已至而猶謙讓者,舜、禹所不為也,故生民蒙救濟之惠,羣類受育長之施。今八方顒顒,大小注望,皇天乃眷,神人同謀,十分而九以委質,義過周文,所謂過恭也。臣妾上下,伏所不安。」

殿下((そう)())が即位して、その高い徳が広く行き渡って、上下に受け入れられて、天と人がお互いに応じて、良い兆しがすべて集まっているよ。古代の史書を調べても、今日みたいに盛んなことはないよ。偉大な人物は、天に先んじても天に背かないで、天に後れても天の時を奉じるんだって。天の時がすでに来ているのになお謙譲することは、(しゅん)()でさえしなかったことだよね。民は救いの恵みを受けて、すべての生物が栄える施しを受けているよ。今、八方の人たちがみんな、期待に胸を膨らませて、大小を問わないで望みを寄せていて、皇天(天の意志)は恵みをかけて、神と人が一緒に協力して、十分の九が誠実に応えているよ。これは(しゅう)(ぶん)(おう)を超える義で、過ぎた謙譲というべきものだよ。臣下たちは上下一同、心安らかではないんだ」

(註23)

令曰:「世之所不足者道義也,所有餘者苟妄也;常人之性,賤所不足,貴所有餘,故曰『不患無位,患所以立』。孤雖寡德,庶自免於常人之貴。夫『石可破而不可奪堅,丹可磨而不可奪赤』。丹石微物,尚保斯質,況吾託士人之末列,曾受教於君子哉?且於陵子仲以仁為富,栢成子高以義為貴,鮑焦感子貢之言,棄其蔬而槁死,薪者譏季札失辭,皆委重而弗視。吾獨何人?

(そう)()は命令してこう言ったよ。
「世の中に足りないものは道義だよ。余っているものはいい加減なことだよ。普通の人の性質として、足りないものを軽んじて、余っているものを貴ぶよね。だから、『論語』で『地位がないことを心配するのではなくて、立場にふさわしい行いをすることを心配せよ』と言うんだ。私は徳が少ないけど、普通の人たちが尊ぶものに縛られることはないよ。(『呂氏春秋』の)『石は砕けることはあってもその堅さを奪われることはないし、丹砂(朱色の鉱石)は磨り減ることはあってもその赤さを奪われることはない』よね。丹砂や石みたいに小さなものでもその性質を保つのだから、ましてや、士人の末端にいて、君子の教えを受けた私がどうしてそうでないことがあるの? さらに、()(りょう)()(ちゅう)は仁を富として、(はく)(せい)()(こう)は義を貴として、(ほう)(しょう)()(こう)の言葉に感動して、菜を捨てて枯れ木を抱いて死を選んだというよ。薪を集める者は()(さつ)が言葉を失ったって非難したけど、彼らはみんな重要なことを軽視しなかったんだ。私は、どのような存在なの?

(註23)

昔周武,大聖也,使叔旦盟膠鬲於四內,使公召約微子於共頭,故伯夷、叔齊相與笑之曰:『昔神農氏之有天下,不以人之壞自成,不以人之卑自高。』以為周之伐殷以恭也。吾德非周武而義慙夷、齊,庶欲遠苟妄之失道,立丹石之不奪,邁於陵之所富,蹈栢成之所貴,執鮑焦之貞至,遵薪者之清節。故曰:『三軍可奪帥,匹夫不可奪志。』吾之斯志,豈可奪哉?」

昔、(しゅう)()(おう)は大聖人で、周公旦(しゅうこうたん)(こう)(かく)に四方の諸侯と盟約を結ばせて、共頭山で()()を呼び寄せたよ。だから、(はく)()(しゅく)(せい)はお互いに笑ってこう言ったよ。
『昔、(しん)(のう)()が天下を治めていた時、人の欠点を利用して自分を成し遂げたり、人の卑しさを利用して自分を高めたりしなかったよ』
そこで、(しゅう)(いん)を滅ぼしたのは謙遜と考えたんだ。
私の徳は(しゅう)()(おう)には及ばないし、義は(はく)()(しゅく)(せい)に恥じているよ。だから、道を失った者たちの言葉に惑わされないで、不変の丹石みたいになりたいと思うんだ。()(りょう)()(ちゅう)の富むところへ進んで、(はく)(せい)()(こう)の尊ばれるところに歩んで、(ほう)(しょう)の誠実な美徳を守って、薪を集める人の清廉な態度を守ろうと思うんだ。だから『(ろん)()』で『三軍の将を奪うことはできても、ひとりの志を奪うことはできない』と言うんだよ。私のこの志は、どうして奪われることがあるの?」

帝の言葉(1 回目)

(註23)

乙卯,冊詔魏王禪代天下曰:「惟延康元年十月乙卯,皇帝曰:咨爾魏王,夫命運否泰,依德升降,三代卜年,著于春秋,是以天命不于常,帝王不一姓,由來尚矣。漢道陵遲,為日已乆,安、順已降,世失其序,沖、質短祚,三世無嗣,皇綱肇虧,帝典頹沮。曁于朕躬,天降之災,遭無妄厄運之會,值炎精幽昧之期。變興輦轂,禍由閹宦。董卓乘釁,惡甚澆、𤡬,劫遷省御太僕宮廟,遂使九州幅裂,彊敵虎爭,華夏鼎沸,蝮蛇塞路。

延康元年(220年)、十月の乙卯の日、帝は詔によって(そう)()が天下を受け継ぐことを宣言したよ。
「ああ、()(おう)(そう)())よ。命運の盛衰は、徳によって上下して、三代(()(いん)(しゅう))の王朝の寿命は、『(しゅん)(じゅう)』に記されているよ。だから、天命はいつも変わらないものではなくて、帝王もひとつの姓に留まらないんだ。これは古くからのことだよ。(かん)の道は長らく衰えて、(あん)(てい)(じゅん)(てい)の時代から世の秩序は失われて、(ちゅう)(てい)(しつ)(てい)の短い治世があって、3世代にわたって後継者がいなかったんだ。皇帝の統治の規範は初めて崩れて、帝国の規範が崩れていったんだ。そして、私の身に天は災いを降らせて、思いもよらない厄運に見舞われて、火精((かん))は暗くなっちゃった。変事が都に起こって、朝廷は宦官によって乱れていったよ。(とう)(たく)が機会を捉えてひどい悪事をはたらいたんだ。彼は(たい)(ぼく)と宮廟を占拠して、国の全土は分裂して、強敵が争って、中原は大混乱になって、道は毒蛇で塞がれたの。

(註23)

當斯之時,尺土非復漢有,一夫豈復朕民?幸賴武王德膺符運,奮揚神武,芟夷兇暴,清定區夏,保乂皇家。今王纘承前緒,至德光昭,御衡不迷,布德優遠,聲教被四海,仁風扇鬼區,是以四方效珍,人神響應,天之歷數實在爾躬。

こんな時、1尺の土地ももはや(かん)のものではなくなって、1人の民も私の民ではなくなったんだ。幸いなことに、武王((そう)(そう))は徳によって天命を受けて、神武を発揮して凶悪な者たちを討って、中原の混乱を清めて、皇室を守ってくれたよ。今、(そう)()は先代の業績を受け継いで、高い徳を明らかにして、政治を誤らないで、徳を広く遠くに布いて、その教えは四海に及んで、仁徳の風は異民族の領域にも広がったよ。だから、四方から珍しい宝物が集まって、人と神が共鳴していて、天命は確かにあなたにあるよ。

(註23)

昔虞舜有大功二十,而放勳禪以天下;大禹有疏導之績,而重華禪以帝位。漢承堯運,有傳聖之義,加順靈祇,紹天明命,釐降二女,以嬪于魏。使使持節行御史大夫事太常音,奉皇帝璽綬,王其永君萬國,敬御天威,允執其中,天祿永終,敬之哉?」

昔、()(しゅん)は偉大な功績を20も立てて、(ほう)(くん)(ぎょう))は天下を禅譲したよ。それに、(たい)()は水を治める功績を挙げて、(ちょう)()(しゅん))は帝位を譲ったよ。(かん)(ぎょう)の天命を受け継いで、聖なる意義を伝えて、順に神々を尊んで、天命を引き継いで、2人の娘を()に嫁がせるよ。(ぎょ)()(たい)()(たい)(じょう)(ちょう)(おん)に節を持たせて、皇帝の印と綬を授けるよ。(そう)()よ、永くすべての国を治めて、天子の威を敬って、真心を持って中庸を守って、天からの幸福を永遠受けられますように。敬うよ」

桓階たちの言葉

(註23)

於是尚書令桓階等奏曰:「漢氏以天子位禪之陛下,陛下以聖明之德,歷數之序,承漢之禪,允當天心。夫天命弗可得辭,兆民之望弗可得違,臣請會列侯諸將、羣臣陪隷,發璽書,順天命,具禮儀列奏。」

そこで、(しょう)(しょ)(れい)(かん)(かい)たちが上奏したよ。
(かん)の王朝が天子の位を陛下((そう)())に譲ったよ。あなたはその聖明な徳と歴数の順序によって、漢の禅譲を受けて、まさに天の意志に従っているの。天命は辞退できないもので、民の望みも無視できないよ。私は、列侯や将たち、臣下たちを集めて、皇帝の詔書を出して、天命に従って、礼儀を整えて上奏することを願うよ」

(註23)

令曰:「當議孤終不當承之意而已。猶獵,還方有令。」

(そう)()命令を下してこう言ったよ。
「私が即位すべきではないということの議論をしてね。狩りに行くから、帰ってきてからまた命令をするね」

(註23)

尚書令等又奏曰:「昔堯、舜禪於文祖,至漢氏,以師征受命,畏天之威,不敢怠遑,便即位行在所之地。今當受禪代之命,宜會百寮羣司,六軍之士,皆在行位,使咸覩天命。營中促狹,可於平敞之處設壇場,奉荅休命。臣輒與侍中常侍會議禮儀,太史官擇吉日訖,復奏。」

(しょう)(しょ)(れい)たちがまた奏上したよ。
「昔、(ぎょう)(しゅん)は文祖(廟)で禅譲して、(かん)の時代になって、軍を率いて天命を受けて、天の威を畏れて、怠けたり軽はずみなことはしないで、すぐに天子のいる場所で即位したよ。今、禅譲の勅命を受けるべき時で、百官(官僚)や臣下たち、軍の将や兵たちを集めて、みんなが天命を目の当たりにするようにすべきだよ。軍営内は狭いから、平坦で広い場所に壇場を設けて、天命に応えるのがいいと思うよ。私はすぐに()(ちゅう)(じょう)()と礼儀について会議して、太史官(天文官)が吉日を選び終えたら、ふたたび報告するね」

(註23)

令曰:「吾殊不敢當之,外亦何豫事也!」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「私はまったくそれに値する存在ではないのに、どうして心配する必要があるの!」

ふたたび劉廙たちの言葉

(註23)

侍中劉廙、常侍衞臻等奏議曰:「漢氏遵唐堯公天下之議,陛下以聖德膺歷數之運,天人同忻,靡不得所,宜順靈符,速踐皇阼。問太史丞許芝,今月十七日己未宜成,可受禪命,輒治壇場之處,所當施行別奏。」

()(ちゅう)(りゅう)(よく)(じょう)()(えい)(しん)たちが上奏したよ。
(かん)の王朝は(とう)(ぎょう)が天下を公にするという議に従ったよ。陛下((そう)())は聖人としての徳によって天命を受けて、天と人も一緒に喜んで、すべてが順調に進んでいるよ。だから、天の兆しに従って、すぐに皇帝に即位するべきだよ。(たい)()(じょう)(きょ)()に尋ねたところ、今月の17日の己未の日が良くて、禅譲の命を受けられるんだって。壇場を整える場所については、別に奏上するね」

(註23)

令曰;「屬出見外,便設壇場,斯何謂乎?今當辭讓不受詔也。但於帳前發璽書,威儀如常,且天寒,罷作壇士使歸。」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「外に出て壇場を設けているけど、これはどういうこと? 今、辞退して詔を受けないことにするよ。ただ、帷幕の前で皇帝の詔書を授かって、儀式はいつもどおり行おう。それに、寒い時季だから、壇を作ることはやめさせて、壇の仕事をした人たちを帰らせてね」

(註23)

旣發璽書,王令曰:「當奉還璽綬為讓章。吾豈奉此詔承此貺邪?昔堯讓天下於許由、子州支甫,舜亦讓於善卷、石戶之農、北人無擇,或退而耕潁之陽,或辭以幽憂之疾,或遠入山林,莫知其處,或攜子入海,終身不反,或以為辱,自投深淵;且顏燭懼天撲之不完,守知足之明分,王子搜樂丹穴之潛處,被熏而不出,柳下惠不以三公之貴易其介,曾參不以晉、楚之富易其仁:斯九士者,咸高節而尚義,輕富而賤貴,故書名千載,于今稱焉。求仁得仁,仁豈在遠?孤獨何為不如哉?義有蹈東海而逝,不奉漢朝之詔也。亟為上章還璽綬,宣之天下,使咸聞焉。」

皇帝の詔を受けた後、(そう)()は命令したよ。
「皇帝の印綬を返して、辞退の証とすべきだよ。私はどうしてこの詔を受けて、この恩恵を得られるの? 昔、(ぎょう)許由(きょゆう)()(しゅう)()()に天下を譲ろうとしたけど、彼らは断ったよ。(しゅん)(ぜん)(けん)、石戸の農夫、北人無擇に譲ろうとしたけど、彼らは断ったよ。彼らは、ある者は潁川のほとりで耕作をして退いて、ある者は心の憂いを理由に辞退して、またある者は遠く山林に入って行方がわからなくなっちゃって、ある者は子供を連れて海に入って一生戻らなかったり、ある者は恥ずかしいと感じて深淵に身を投げたりしたんだって。さらに、(がん)(しょく)は天命が全うされないことを恐れて、自分をわきまえて明哲さを守ったよ。(おう)()(そう)は丹穴(洞窟)の奥に隠れて、煙に包まれても出てこなかったよ。(りゅう)()(けい)(さん)(こう)の高貴な地位をその清廉さと引き換えにしないで、(そう)(しん)(しん)()の富をその仁徳と引き換えにしなかったよ。彼ら9人の士人はみんな高い節操と義を尊んで、富を軽んじて、高貴を卑しんだから、彼らの名は千年後も記録されて、今でもたたえられているんだね。仁を求めて仁を得ることは、決して遠くにあるものではないんだ。私がどうしてそれに倣わないことがあるの? 義を重んじて、東海に身を投じても、(かん)の朝廷の詔を受けないことを選ぶよ。早く上奏して皇帝の印綬を返して、これを天下に知らせて、みんなに聞かせてね」

劉若たちの言葉

(註23)

己未,宣告羣寮,下魏,又下天下。輔國將軍清苑侯劉若等百二十人上書曰:「伏讀令書,深執克讓,聖意懇惻,至誠外昭,臣等有所不安。何者?石戶、北人,匹夫狂狷,行不合義,事不經見者,是以史遷謂之不然,誠非聖明所當希慕。且有虞不逆放勛之禪,夏禹亦無辭位之語,故傳曰:『舜陟帝位,若固有之。』斯誠聖人知天命不可逆,歷數弗可辭也。

己未の日、臣下たちに告げて、()にも告げて、そして天下にも告げたよ。()(こく)(しょう)(ぐん)(せい)(えん)(こう)(りゅう)(じゃく)たち120人が上書したよ。
「お言葉を拝読して、深く謙譲を貫かれているご意向と、聖なる思いが切々と伝わってきたけど、私たち臣下は不安を感じているよ。どうして? それは、石戸や北人たちは、身勝手で、正義に合わない行いをするし、理にかなわないからだよ。だから、史遷(()()(せん))は彼らを正当ではないと述べているんだ。これは聖明な君主が模範とすべきではないよ。加えて、(ゆう)()(しゅん))は(ほう)(くん)(ぎょう))の禅譲を拒否しなかったし、()()も辞退する言葉を口にしなかったよね。だから伝には『(しゅん)が帝位に上ったのは、まるでそれを当然のこととするかのようであった』とあるんだ。これは、聖人が天命に逆らえないことを知っていて、歴史の定めを辞退できないことを理解していたからだよ。

(註23)

伏惟陛下應乾符運,至德發聞,升昭于天,是三靈降瑞,人神以和,休徵雜沓,萬國響應,雖欲勿用,將焉避之?而固執謙虛,違天逆衆,慕匹夫之微分,背上聖之所蹈,違經讖之明文,信百氏之穿鑿,非所以奉荅天命,光慰衆望也。臣等昧死以請,輒整頓壇場,至吉日受命,如前奏,分別寫令宣下。

陛下((そう)())は乾符(天命)の運に応じて、卓越した徳が天に知られるほどに発揮されて、天に明らかに示されているよね。三霊(天・地・人)が神託を降して、人と神が調和して、良い兆しが次々と現れて、すべての国が響き合って応じているよ。たとえ望まないとしても、どうして避けられるの? それなのに陛下は謙虚さを持って、天命に逆らって、民の望みに反するのは、一介の人間のわずかな立場を慕って、聖人の歩んだ道を背いて、経書や予言書の明文を無視して、百家の憶測を信じることであって、天命に応えて、たくさんの光栄に慰めることにはならないんだ。私たち臣下は命を賭してお願い申し上げるよ。すぐに壇場を整えて、吉日を選んで受命する準備をするよ。前の奏上のとおり、命令を別に分けて下に伝えるね」

(註23)

王令曰:「昔柏成子高辭夏禹而匿野,顏闔辭魯幣而遠跡,夫以王者之重,諸侯之貴,而二子忽之,何則?其節高也。故烈士徇榮名,義夫高貞介,雖蔬食瓢飲,樂在其中。是以仲尼師王駘,而子產嘉申徒。今諸卿皆孤股肱腹心,足以明孤,而今咸若斯,則諸卿遊於形骸之內,而孤求為形骸之外,其不相知,未足多怪。亟為上章還璽綬,勿復紛紛也。」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「昔、(はく)(せい)()(こう)()()の招きを辞退して野に隠れて、(がん)(こう)()からの贈り物を辞退して遠くに身を隠したんだ。王者の重い地位や諸侯の高貴な身分でさえ、ふたりはそれを顧まなかったよ。なぜなら、彼らの節操が高かったからだよ。だからこそ、烈士は名誉に命を捧げ、義ある者は高潔な志を持つの。たとえ粗末な食事や瓢箪の水を飲む質素な生活をしても、その中に楽しみを見出すの。だから、(ちゅう)()(こう)())は(おう)(たい)を師として、()(さん)(しん)()(しん)()())をほめたんだね。
今、みんなは私を支えて信頼できる重要な存在で、その意志を明らかにするに足る人物だよ。でも、今この状況を見ると、みんなは体制内にいるのに、私は体制外にいるように感じるんだ。お互いの理解が足りないことは、驚くべきことではないよ。早く上奏して皇帝の印綬を返して、これ以上のもめごとをを引き起こすのはやめようね」

ふたたび劉若たちの言葉

(註23)

輔國將軍等一百二十人又奏曰:「臣聞符命不虛見,衆心弗可違,故孔子曰:『周公其為不聖乎?以天下讓。是天地日月輕去萬物也。』是以舜嚮天下,不拜而受命。今火德氣盡,炎上數終,帝遷明德,祚隆大魏。符瑞昭晢,受命旣固,光天之下,神人同應,雖有虞儀鳳,成周躍魚,方今之事,未足以喻。

()(こく)(しょう)(ぐん)たち120人がまた上奏したよ。
「私たちは、天のしるしは虚しく現れるものではなくて、民の心に逆らうことはできないと聞いているよ。だから(こう)()は『(しゅう)(こう)(たん)は聖人ではないの? 天下を譲るとは、天地や日月が万物を軽んじるようなものだ』と言ったんだ。(しゅん)は天下を手にして、拝礼しないでも命を受け入れたんだよ。今、火徳((かん))の気が尽きて、炎の勢いも終わりを迎えて、帝は明徳を移して、()の祝福が隆盛しているよ。吉兆が明るく現れて、命を受けることは確かで、天下を照らして、神と人が一緒に応じているよ。たとえ(ゆう)()(しゅん))の儀式の鳳凰や、周の跳び上がる魚みたいな出来事があっても、今の状況に比べたらそれは十分なたとえではないよ。

(註23)

而陛下違天命以飾小行,逆人心以守私志,上忤皇穹眷命之旨,中忘聖人達節之數,下孤人臣翹首之望,非所以揚聖道之高衢,乘無窮之懿勳也。臣等聞事君有獻可替否之道,奉上有逆鱗固爭之義,臣等敢以死請。」

でも、陛下((そう)())は天命に逆らって小さな行いを飾って、人の心に逆らって私的な意志を守って、上は天の命令の意を無視して、中は聖人が道を達する方法を忘れて、下は臣下の期待を裏切っているよね。これは聖道を高く揚げて、無限の功績を積み上げることではないよね。私たち臣下は、君主に仕えるには正しいことを提案して、間違いを取り除く道があって、君主に仕えるにはあえて命を賭しても争う義があると聞いているよ。私たちは死を恐れないでお願いするよ」

(註23)

令曰:「太古聖王之治也,至德合乾坤,惠澤均造化,禮教優乎昆蟲,仁恩洽乎草木,日月所照,戴天履地含氣有生之類,靡不被服清風,沐浴玄德;是以金革不起,苛慝不作,風雨應節,禎祥觸類而見。

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「太古の聖王の治世は、高い徳は天地と一体となって、その恵みは自然界に均等に行き渡ったんだ。礼と教えは虫にまで優れて、仁と恩は草木にも行き渡って、太陽と月が照らすところ、天を戴いて地を踏みしめて、気を含んで生を持つすべてのものは、清風に包まれて、優れた徳を浴びていたんだよ。だから戦争は起こらなくて、ひどい困難もなくて、風や雨は季節に応じて、吉兆がいろいろなところに現れていたんだ。

(註23)

今百姓寒者未暖,饑者未飽,鰥者未室,寡者未嫁;權、備尚存,未可舞以干戚,方將整以齊斧;戎役未息於外,士民未安於內,耳未聞康哉之歌,目未覩擊壤之戲,嬰兒未可託於高巢,餘糧未可以宿於田畒:人事未備,至如此也。

でも、今の民は寒さに震える者はまだ暖まっていなくて、飢える者はまだ満たされていなくて、独り身の男性は妻を持たないで、独り身の女性はまだ嫁げないでいるよ。(そん)(けん)(りゅう)()の勢力もまだ残っていて、干戚(武器)を持って舞うことはできなくて、斧を整えて備えるべき状況なんだ。外では戦争が続いて、内では民が安定していなくて、耳には平和の歌が聞こえないし、目には土を打つ遊びが見えないよ。幼児は高い巣に預けられなくて、余った穀物は田畑に宿るほどの実りはないよ。人々の生活は未だこのように整っていないの。

(註23)

夜未曜景星,治未通真人,河未出龍馬,山未出象車,蓂莢未植階塗,萐莆未生庖廚,王母未獻白環,渠搜未見珍裘:靈瑞未效,又如彼也。昔東戶季子、容成、大庭、軒轅、赫胥之君,咸得以此就功勒名。今諸卿獨不可少假孤精心竭慮,以和天人,以格至理,使彼衆事備,羣瑞效,然後安乃議此乎,何遽相愧相迫之如是也?速為讓章,上還璽綬,無重吾不德也。」

夜には吉兆の星が輝いていなくて、治世の真人が現れていないよ。河には龍馬が現れないし、山には象車が出ていないし、(めい)(きょう)(吉兆を示す植物)が階段に生えていないし、(しょう)()(吉兆を示す植物)が台所に生えていないし、王母は白い輪を献上していないし、(きょ)(そう)(異民族)は珍しい毛皮を見つけていないよ。神聖なる兆候がまだ現れていないの。
昔、(とう)()()()(よう)(せい)(だい)(てい)(けん)(えん)(かく)(しょ)の古代の君主たちはみんな、このような兆しを得て功績を立てて名を残したよ。今、あなたたちは少しでも私の心配りや努力を借りて、天と人を調和させて、理にかなった行動をとって、すべての事が備わって吉兆が現れた後にこのことを議論することはできないの? どうしてこんなに急いでお互いに恥じたり迫り合うの? すぐに辞退の上書を作って、皇帝の印綬を返してね。私の不徳を重ねないでね」

ふたたび劉廙たちの言葉

(註23)

侍中劉廙等奏曰:「伏惟陛下以大聖之純懿,當天命之歷數,觀天象則符瑞著明,考圖緯則文義煥炳,察人事則四海齊心,稽前代則異世同歸;而固拒禪命,未踐尊位,聖意懇惻,臣等敢不奉詔?輒具章遣使者。」

侍中(じちゅう)(りゅう)(よく)たちが上奏してこう言ったよ。
「謹んで考えるに、陛下((そう)())は大聖としての純粋で優れた徳を持っていて、天命の歴史的な流れに当たっているよ、天の現象を観察すると吉兆が明らかに現れていて、予言を調べると文の意味が輝いているよ。人々の状況を見れば、四方が心をひとつにして、過去の例を調べれば、異なる時代でも同じ結論に至るよ。それなのに、陛下は固く禅譲の命を拒んで、帝位についていないんだ。聖なるお心がとても慈悲に満ちていることを考えると、私たちはどうしてその詔に従わないことができるの? 奏章を作って、使者を送るよ」

(註23)

奉令曰:「泰伯三以天下讓,人無得而稱焉,仲尼歎其至德,孤獨何人?」

(そう)()は命令を受けてこう言ったよ。
(たい)(はく)は3度にわたって天下を譲ろうとしたけど、人はこれをほめたたえなかったんだ。(ちゅう)()(こう)())もその高い徳に感動したよ。孤独な私は一体何者なの?」

曹丕の謙譲(1 回目)

本文

(註23)庚申,魏王上書曰:「皇帝陛下:奉被今月乙卯璽書,伏聽冊命,五內驚震,精爽散越,不知所處。臣前上還相位,退守藩國,聖恩聽許。臣雖無古人量德度身自定之志,保己存性,實其私願。不寤陛下猥損過謬之命,發不世之詔,以加無德之臣。且聞堯禪重華,舉其克諧之德,舜授文命,采其齊聖之美,猶下咨四嶽,上觀璿璣。今臣德非虞、夏,行非二君,而承歷數之諮,應選授之命,內自揆撫,無德以稱。且許由匹夫,猶拒帝位,善卷布衣,而逆虞詔。臣雖鄙蔽,敢忘守節以當大命,不勝至願。謹拜章陳情,使行相國永壽少府糞土臣毛宗奏,并上璽綬。」

庚申の日、(そう)()は上書してこう言ったよ。
「皇帝陛下に申し上げるよ。今月の乙卯の日に皇帝の詔書を受けて、冊命を聞き伏していたところ、五臓が震えて、精神が散って、どうしたらいいのかわからなかったんだ。私は前に相位((さい)(しょう)の位)を辞退して、藩国に退いて守ることを上奏して、聖なる恩によって許されたよ。私は古の人たちみたいに自分の徳を量って身を定める志を持っていないけど、自分自身を守って存続させることが私の願いだったの。
でも、陛下は私の徳にそぐわない過ぎた命を下して、この世にない詔を発して、徳のない私に与えたんだ。(ぎょう)(ちょう)()(しゅん))に禅譲した時は、その調和した徳を認めて、(しゅん)(ぶん)(めい)())に授けた時は、その聖なる徳を評価したよ。それでも下には四嶽(諸侯)に尋ねて、上には璿璣(天象の観察)を見守ったの。
今、私の徳は()(しゅん)()()のようなものではなくて、行いも二君((ぎょう)(しゅん))に及ばないよ。それにもかかわらず、歴史の運命に従って、選ばれて授けられる命に応じることを求められて、内では自らを省みて、徳が無くしてそれに値することができないよ。それに、(きょ)(ゆう)という庶民でさえ帝位を拒んで、(ぜん)(けん)という庶民も()の詔を受け入れなかったんだ。私は卑しい存在だけど、節を守って大命を受けることを忘れることはできないよ。心からの願いに堪えられなくて、謹んで上書して情を述べるよ。そして、(しょう)(こく)(えい)寿(じゅ)(しょう)()(もう)(そう)を使者として皇帝の印綬を返すよ」

蘇林と董巴の言葉

本文

(註23)辛酉,給事中博士蘇林、董巴上表曰:「天有十二次以為分野,王公之國,各有所屬,周在鶉火,魏在大梁。歲星行歷十二次國,天子受命,諸侯以封。周文王始受命,歲在鶉火,至武王伐紂十三年,歲星復在鶉火,故春秋傳曰:『武王伐紂,歲在鶉火;歲之所在,即我有周之分野也。』昔光和七年,歲在大梁,武王始受命,為時將討黃巾。是歲改年為中平元年。

辛酉の日、(きゅう)()(ちゅう)(はか)()()(りん)(とう)()が上表してこう言ったよ。
「天には十二の星宿があって、それによって分野(地域)が分けられているよ。王や公の国は、それぞれ対応する星宿を持っているんだよ。周は(じゅん)()に属して、魏は(たい)(りょう)に属しているんだ。木星は十二の星宿を巡って、天子は命を受けて、諸侯が封ぜられるよ。(しゅう)(ぶん)(おう)が初めて天命を受けた時、木星は(じゅん)()にあったよ。(しゅう)()(おう)(ちゅう)を討った13年目にも、木星は(じゅん)()にあったよ。だから『春秋伝』には、『()(おう)(ちゅう)を討った時、木星は(じゅん)()にあった。木星があるところが、私たちの周の分野だ』と書いてあるんだ。
昔、(こう)()7年(184年)には、木星は(たい)(りょう)にあったよ。()の武王((そう)(そう))が命を受けて、黄巾の討伐が行われたんだよ。この年、年号を(ちゅう)(へい)に改めたよ。

(註23)

建安元年,歲復在大梁,始拜大將軍。十三年復在大梁,始拜丞相。今二十五年,歲復在大梁,陛下受命。此魏得歲與周文王受命相應。今年青龍在庚子,詩推度災曰:『庚者更也,子者滋也,聖命天下治。』又曰:『王者布德於子,治成於丑。』此言今年天更命聖人制治天下,布德於民也。

建安元年(196年)にも、木星が(たい)(りょう)にあって、(そう)(そう)は初めて大将軍(だいしょうぐん)に任命されたよ。建安13年(208年)にも、ふたたび(たい)(りょう)にあって、(じょう)(しょう)に任命されたよ。今、建安 25年(220年)になって、木星がふたたび(たい)(りょう)にあって、陛下(曹丕)は天命を受けたよ。これは魏が木星を得たことで、(しゅう)(ぶん)(おう)が天命を受けたことに対応しているよね。
今年は青龍が庚子の方位にあるよ。『()(きょう)』で災いを推し量ると、『庚は変わって、子は育つ、聖人の命で天下を治める』とあるよ。それに、『王者は徳を民に示して、治世は子で完成する』ともあるんだ。これは今年、天命を変えて聖人が天下を治めて、民に徳を示すことを表しているんだ。

(註23)

魏以改制天下,與時協矣。顓頊受命,歲在豕韋,衞居其地,亦在豕韋,故春秋傳曰:『衞,顓頊之墟也。』今十月斗之建,則顓頊受命之分也,始魏以十月受禪,此同符始祖受命之驗也。魏之氏族,出自顓頊,與舜同祖,見于春秋世家。舜以土德承堯之火,今魏亦以土德承漢之火,於行運,會於堯舜授受之次。

()は天下の体制を改めて、時勢に協調したよ。(せん)(ぎょく)は天命を受けた時、木星は()()にあったよ。衛はその地に住んで、同じく()()にあったよ。だから『春秋伝』には『衛は、(せん)(ぎょく)の墟である』とあるんだ。今、十月に斗の星座において(せん)(ぎょく)が天命を受けたのも、この分野と同じだよ。()が十月に禅譲を受けるのは、(せん)(ぎょく)が命を受けた時と同じだよ。()の氏族は、(せん)(ぎょく)から出て、(しゅん)と同じ祖先とされていて、春秋時代の世家にもその名が見られるよ。(しゅん)は土徳で、(ぎょう)の火徳を受け継いだように、()も土徳で、(かん)の火徳を受けたよね。これは歴史の流れにおいて、(ぎょう)(しゅん)の順序に合っているんだ。

(註23)

臣聞天之去就,固有常分,聖人當之,昭然不疑,故堯捐骨肉而禪有虞,終無恡色,舜發壠畒而君天下,若固有之,其相受授,間不替漏;天下已傳矣,所以急天命,天下不可一日無君也。

私は、天の動きにはいつも一定の法則があって、聖人はこれを受ける時、明らかに疑うべきことではないと聞いているよ。だから、(ぎょう)は血縁を捨てて(ゆう)()(しゅん))に禅譲して、最後までためらいを見せなかったの。(しゅん)は畑を耕していた身でありながら天下を治めたよ。まるでそれが当然だったみたいにね。天命の順序は滞らずに続いて、天下はすでにこれを伝えているよ。天命を急ぐのは、天下は1日でも君主を欠いてはならないからだよ。

(註23)

今漢期運已終,妖異絕之已審,陛下受天之命,符瑞告徵,丁寧詳悉,反覆備至,雖言語相喻,無以代此。今旣發詔書,璽綬未御,固執謙讓,上逆天命,下違民望。臣謹按古之典籍,參以圖緯,魏之行運及天道所在,即尊之驗,在於今年此月,昭晰分明。唯陛下遷思易慮,以時即位,顯告天帝而告天下,然後改正朔,易服色,正大號,天下幸甚。」

今、(かん)の運命は終わりを迎えていることは、異変が証明しているよ。陛下((そう)())が天命を受けたことは、吉兆が証明しているよ。丁寧に詳しく述べて、繰り返し細かく述べているけど、言葉で理解させることはできないんだ。今、詔書が発せられて、皇帝の印と綬を受けていないのは、謙虚なままで、上は天命に逆らって、下は民の望みに反するものだよ。
私は古典や経典を調べて、予言の書と照らし合わせたところ、()の運命と天の道が一致して、尊ぶべき時期は今年のこの月だよ。それは明確で疑いようがないの。どうか曹丕は考えを巡らせて、ふさわしい時に即位してね。天帝に告げて天下に伝えて、その後に暦を改めて、服の色を変えて、年号を改めて、天下に幸いをもたらすようにお願い申し上げるよ」

(註23)

令曰:「凡斯皆宜聖德,故曰:『苟非其人,道不虛行。』天瑞雖彰,須德而光;吾德薄之人,胡足以當之?今讓,兾見聽許,外內咸使聞知。」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「これらはすべて聖人としての徳にふさわしいものだね。だから、『(えき)(きょう)』で『もし適格でない人であれば、道は虚しく行われない』と言われるんだ。天の吉兆がいくら明らかでも、徳があって初めて光り輝くの。私みたいな徳の薄い人が、どうしてそれにふさわしいの? 今、禅譲を辞退して、許しを得たいんだ。外や内の人たちに広く知らせてね」

帝の言葉(2 回目)

(註23)

壬戌,冊詔曰:「皇帝問魏王言:遣宗奉庚申書到,所稱引,聞之。朕惟漢家世踰二十,年過四百,運周數終,行祚已訖,天心已移,兆民望絕,天之所廢,有自來矣。今大命有所底止,神器當歸聖德,違天不順,逆衆不祥。王其體有虞之盛德,應歷數之嘉會,是以禎祥吉符,圖讖表錄,神人同應,受命咸宜。朕畏上帝,致位于王;天不可違,衆不可拒。且重華不逆堯命,大禹不辭舜位,若夫由、卷匹夫,不載聖籍,固非皇材帝器所當稱慕。今使音奉皇帝璽綬,王其陟帝位,無逆朕命,以祗奉天心焉。」

壬戌の日、帝は詔を下してこう言ったよ。
「皇帝は()(おう)(そう)())に問うよ。庚申の日の書を(もう)(そう)に託して送ったこと、その内容を聞いたよ。私は(かん)の帝室が20以上の代を超えて、年数にして400年を過ぎて、運命が尽きて、王朝の祝福もすでに終わって、天の意もすでに移って、民からの期待が絶えたことを思うよ。天が廃するものには理由があるの。今、大命が終わるところになって、皇位は聖人としての徳のある人に帰すべきで、天に背いて従わないことはできないし、民に逆らうことはめでたくないことだよ。あなたは(ゆう)()(しゅん))の高い徳を体現していて、天の吉兆が応じているよ。予言にも示されていて、神と人が共鳴しているから、命を受けるにふさわしいよ。私は上帝(天帝)を畏れて、あなたに位を譲ることにしたんだ。天に逆らうことはできないし、民に逆らうこともできないよ。昔、(ちょう)()(しゅん))は(ぎょう)の命に逆らわなかったし、(たい)()(しゅん)の位を辞退しなかったよね。(きょ)(ゆう)(ぜん)(けん)みたいな一般人は、聖人の文献に名を連ねるにはふさわしくなくて、皇帝の器量や帝王の資質には到底及ばないよ。今、(ちょう)(おん)に皇帝の印と綬を託して、あなたに帝位に昇るように命令するよ。私の命令に逆らわないで、天の心を尊んでね」

またもや桓階たちの言葉

(註23)

於是尚書令桓階等奏曰:「今漢使音奉璽書到,臣等以為天命不可稽,神器不可瀆。周武中流有白魚之應,不待師期而大號已建,舜受大麓,桑蔭未移而已陟帝位,皆所以祗承天命,若此之速也。故無固讓之義,不以守節為貴,必道信於神靈,符合於天地而已。

そして、(しょう)(しょ)(れい)(かん)(かい)たちが上奏したよ。
「今、(かん)の帝((けん)(てい))は(ちょう)(おん)に皇帝の詔書を持って来させたよ。私たち臣下は、天命を遅らせることはできないし、皇位を軽んじるべきでないと考えるよ。(しゅう)()(おう)は中流で白魚の兆しを得て、軍を待たないで大号(帝号)を建てたよ。(しゅん)も大麓(天下を治めること)を受けて、桑の影が移る間もなく帝位に登ったよ。これらはみんな、天命を敬って受けるために、このようにすぐに行動したんだよ。だから、固く辞退することは義に会っていないし、節を守ることを貴いとはしないんだ。必ず神霊への信仰を道として、天地と調和することが重要なの。

(註23)

易曰:『其受命如響,無有遠近幽深,遂知來物,非天下之至賾,其孰能與於此?』今陛下應期運之數,為皇天所子,而復稽滯於辭讓,低回於大號,非所以則天地之道,副萬國之望。臣等敢以死請,輒勑有司脩治壇場,擇吉日,受禪命,發璽綬。」

(えき)(きょう)』には『命を受けるのは、響きみたいで、どんなに遠くても、深くても、来るものを知る。これは天下のこの上ない賢者でなければ、誰がこれにあずかることができるの?』とあるよ。今、陛下((そう)())は定められた運命に応じて、皇天(天の意志)に選ばれたんだ。それなのに、辞退してとどまっていて、大号(帝号)を辞退するのは、天地の道に則って、すべての国の望みに応えることではないよ。私たちは命を賭して申し上げるよ。すぐに役人に命令して、壇場を整えさせて、吉日を選んで、禅譲を受けて、皇帝の印綬を授かるようにしてね」

(註23)

令曰:「兾三讓而不見聽,何汲汲於斯乎?」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「3回も辞退しようとして聞き入れられなかったのに、どうしてこんなに急いでいるの?」

曹丕の謙譲(2 回目)

(註23)

甲子,魏王上書曰:「奉今月壬戌璽書,重被聖命,伏聽冊告,肝膽戰悸,不知所措。天下神器,禪代重事,故堯將禪舜,納于大麓,舜之命禹,玄圭告功;烈風不迷,九州攸平,詢事考言,然後乃命,而猶執謙讓于德不嗣。況臣頑固,質非二聖,乃應天統,受終明詔;敢守微節,歸志箕山,不勝大願。謹拜表陳情,使并奉上璽綬。」

甲子の日、(そう)()が上書してこう言ったよ。
「今月の壬戌の日の皇帝の詔書を受けて、ふたたび聖命を授かったよ。畏れ多くもその告示を拝聴して、肝が激しく震えて、どうしていいかわからないの。天下の皇位は、譲ることが重大なことだから、(ぎょう)(しゅん)に禅譲して天下を治めて、(しゅん)()に禅譲して玄圭によって大きな功績を示したよ。烈風に迷うことがなくて、国の全土を平和にして、慎重に事を尋ねて言葉を考えて、それから初めて命を下したんだ。そしてそれでもなお、謙遜して自らの徳を継がないと言ったんだ。
ましてや私みたいな愚か者は、(ぎょう)(しゅん)みたいな聖人ではないのに、天の運命に応じて、終わりの詔を受けたよ。どうして微かな節を守って、()(ざん)(きょ)(ゆう)が隠れ住んだ場所)に志を帰せるの? 謹んで表を拝して、心情を申し述べて、皇帝の印綬を返して申し上げるよ」

またもや劉廙たちの言葉

(註23)

侍中劉廙等奏曰:「臣等聞聖帝不違時,明主不逆人,故易稱通天下之志,斷天下之疑。伏惟陛下體有虞之上聖,承土德之行運,當亢陽明夷之會,應漢氏祚終之數,合契皇極,同符兩儀。是以聖瑞表徵,天下同應,歷運去就,深切著明;論之天命,無所與議,比之時宜,無所與爭。故受命之期,時清日晏,曜靈施光,休氣雲蒸。是乃天道恱懌,民心欣戴,而仍見閉拒,於禮何居?且羣生不可以一日無主,神器不可以斯須無統,故臣有違君以成業,下有矯上以立事,臣等敢不重以死請。」

侍中(じちゅう)(りゅう)(よく)たちは上奏してこう言ったよ。
「私たち臣下は、偉大な帝は時機を逃さないし、賢明な君主は人心に逆らわないと聞いているよ。だから、『(えき)(きょう)』には天下の志を通じて、天下の疑いを断つと言われているんだ。陛下((そう)())が()の古代の聖人の身体を持っていて、土徳の運気を受け継いで、亢陽(明るい日)と明夷(暗い日)の出会いに当たって、(かん)の王朝の統治が終わりを迎えて、天子の位に一致して、天地の二儀に合っているよ。だから、聖なるしるしが表れて、天下が同じく応じて、運命の移り変わりが明確に示されたよ。天命を論じれば、議論する余地はないし、時宜に照らしても、争うべきことはないよ。だから、天命を受ける時期は、時が清らかで日が穏やかで、太陽が光を施して、良い気が雲のように立ち昇るんだ。これはまさに天の道が喜びに満ちて、民の心が仰ぎ見ているの。
それなのに、まだ閉じて拒んでいるのは、礼儀に反しているのでは? さらに、民は一日たりとも主を欠くことができないし、皇位は一瞬でも統治者を欠くことができないよ。だから、臣下は君主に逆らって功績を成して、下は上を矯正して事を立てることがあるんだ。私たち臣下は、重ねて命をかけてお願い申し上げるよ」

(註23)

王令曰:「天下重器,王者正統,以聖德當之,猶有懼心,吾何人哉?且公卿未至乏主,斯豈小事,且宜以待固讓之後,乃當更議其可耳。」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「天下の重器(皇位)は、王者の正統なもので、聖人としての徳によってこれを担うべきものだよ。それでもなお、恐れを抱くんだ。ましてや、私はどうかな? さらに、公卿がまだ主を欠いていないのに、これは小さな事ではないよ。まずは固く辞退した後に、ふたたびその可否を議論するべきだよ」

帝の言葉(3 回目)

(註23)

丁卯,冊詔魏王曰:「天訖漢祚,辰象著明,朕祗天命,致位于王,仍陳歷數於詔冊,喻符運於翰墨;神器不可以辭拒,皇位不可以謙讓,稽於天命,至于再三。且四海不可一日曠主,萬機不可以斯須乏統,故建大業者不拘小節,知天命者不繫細物,是以舜受大業之命而無遜讓之辭,聖人達節,不亦遠乎!今使音奉皇帝璽綬,王其欽承,以荅天下嚮應之望焉。」

丁卯の日、帝は詔を下して(そう)()に向かってこう言ったよ。
「天は(かん)の命運を終わらせて、その兆しが明らかに現れたよ。私はただ天命に従って、あなたに位を譲ったよ。それに、詔書に歴史の移り変わりを述べて、文書に運命の兆しを示したよ。皇位は辞退できなくて、謙譲できないよ。天命に従うべきだと、何度も言ったよね。さらに、国内の民は1日も主を欠くことはできないし、天下の政治は一瞬でも統治者を欠くことはできないの。大業を建てる人は小さなことにこだわらないで、天命を知る人は細かいことに囚われないよ。だから、(しゅん)は天下を統治する使命を受けた時に、辞退する言葉を使わなかったんだ。聖人がその道理を理解していたのは、実に深遠なことだね! 今、(ちょう)(おん)に皇帝の印綬を授けさせるよ。あなたはこれを敬って受けて、天下の期待に応えるべきだよ」

華歆たちの言葉

(註23)

相國華歆、太尉賈詡、御史大夫王朗及九卿上言曰:「臣等被召到,伏見太史丞許芝、左中郎將李伏所上圖讖、符命,侍中劉廙等宣叙衆心,人靈同謀。又漢朝知陛下聖化通于神明,聖德參于虞、夏,因瑞應之備至,聽歷數之所在,遂獻璽綬,固讓尊號。能言之倫,莫不抃舞,河圖、洛書,天命瑞應,人事恊于天時,民言恊于天序。而陛下性秉勞謙,體尚克讓,明詔懇切,未肯聽許,臣妾小人,莫不伊邑。

相国(しょうこく)()(きん)(たい)()()()(ぎょ)()(たい)()(おう)(ろう)(きゅう)(けい)たちは上奏してこう言ったよ。 「私たちは呼び出されて来て、(たい)()(じょう)(きょ)()()(ちゅう)(ろう)(しょう)()(ふく)が提出した占いや天命のしるしを見たよ。侍中(じちゅう)(りゅう)(よく)たちが民の心を述べて、人々の意思が一致していることを宣言したよ。それに、(かん)の朝廷は陛下((そう)())の徳が神明と通じて、聖人としての徳が()(しゅん))や()())に並ぶことを知って、兆候が現れて、天命が陛下にあることを理解して、皇帝の印綬を献上して、尊号を固く辞退されたんだ。雄弁な人たちはみんな、喜びの舞を踊って、河図や洛書に表れる天命の兆しが人の行いと天の時に調和して、民の言葉が天の定めに合致していることをほめたたえたよ。でも、陛下は驕らない謙遜の心を持っていて、明確な詔勅があっても、なかなか聞き入れてくれなくて拒否し続けているんだ。私たち臣下や一般の人たちもみんながっかりしているよ。

(註23)

臣等聞自古及今,有天下者不常在乎一姓;考以德勢,則盛衰在乎彊弱,論以終始,則廢興在乎期運。唐、虞歷數,不在厥子而在舜、禹。舜、禹雖懷克讓之意迫,羣后執玉帛而朝之,兆民懷欣戴而歸之,率土揚謌謠而詠之,故其守節之拘,不可得而常處,達節之權,不可得而乆避;是以或遜位而不𠫤,或受禪而不辭,不𠫤者未必厭皇寵,不辭者未必渴帝祚,各迫天命而不得以已。旣禪之後,則唐氏之子為賔于有虞,虞氏之冑為客于夏代,然則禪代之義,非獨受之者實應天福,授之者亦與有餘慶焉。

私たちが聞くところによると、昔から今にかけて天下を治める者はひとつの姓に限られないんだって。徳と勢力を考えれば、盛りと衰えは強弱によって決まって、終始を論じると、廃れと興りは期運によって決まるんだ。(とう)(ぎょう))や()の運命は、彼らの子孫に伝わらないで、(しゅん)()に伝わったよ。(しゅん)()は謙虚な心を胸に秘めて辞退の意を持ちながらも、諸侯が玉や帛を持って朝廷に貢いで、民は喜んで彼らを受け入れて、その名声は土地を越えて歌われるほどだったの。だから、節を守る拘束にいつまでも留まることはできないし、節を通すための権限をいつまでも避けることもできないよ。それで、ある者は位を譲っても自分の意志を曲げないで、ある者は禅譲を受けても辞退しなかったんだ。位を譲らなかった者は必ずしも皇帝の愛を望んだわけではなくて、辞退しなかった者は必ずしも帝位を強く望んでいたわけではないよ。みんな、天命に迫られて、自分の意思で動けなかったんだよ。禅譲の後は、(とう)(ぎょう))の子孫は()の客となって、()の子孫は()の客になったよ。このように、禅譲の意義は受け継ぐ者だけでなくて、授ける者にも天の福があって、余りある祝福を受けるんだね。

(註23)

漢自章、和之後,世多變故,稍以陵遲,洎乎孝靈,不恒其心,虐賢害仁,聚斂無度,政在嬖豎,視民如讎,遂令上天震怒,百姓從風如歸;當時則四海鼎沸,旣沒則禍發宮庭,寵勢並竭,帝室遂卑,若在帝舜之末節,猶擇聖代而授之,荊人抱玉璞,猶思良工而刊之,況漢國旣往,莫之能匡,推器移君,委之聖哲,固其宜也。漢朝委質,旣願禪禮之速定也,天祚率土,必將有主;主率土者,非陛下其孰能任之?所謂論德無與為比,考功無推讓矣。天命不可久稽,民望不不可久違,臣等慺慺,不勝大願。伏請陛下割撝謙之志,脩受禪之禮,副人神之意,慰外內之願。」

(かん)(しょう)(てい)()(てい)の後、世にたくさんの変動と混乱があって、どんどん衰えていったよ。(れい)(てい)の時代になると、その心は安定しなくて、賢者を虐げて仁者をひどく扱って、無制限に徴収をして、政権は気に入られた宦官たちに委ねて、民を敵のように見たんだ。だから、天はすごく怒っちゃって、民は風に従うように逃れるようになったんだ。当時、四方は騒然として、帝位が失われると宮廷で災いが発生して恵みと力は尽きて、帝室はどんどん低くなっていったんだ。まるで(しゅん)の晩年みたいに、聖なる代に委ねられるべきだよ。荊の人が玉の原石を抱えて、良い工人に刻まれることを望むように、(かん)がすでに衰退して、誰もこれを立て直せない時、帝位を移して君主を変えて、聖哲に委ねることは、当然のことだよね。(かん)の朝廷はその身を委ねて、禅譲の礼がはやく定まることを望んでいるよ。天の祝福はすべての地に及んで、必ず主がいるべきなんだ。陛下((そう)())でなければ誰がこれを担えるの? 徳を論じるには比べる人がなくて、功を考えるには並べる人はいないよ。天命は長く遅らせることができないし、民の希望も長く待たせることはできないよね。私たち臣下は、誠心誠意、大きな願いをもっているの。どうか陛下が謙遜の志を割って、禅譲の礼を整えて、人や神の意に沿って、内外の望みを慰めてね」

いよいよビッグネームの登場!

(註23)

令曰:「以德則孤不足,以時則戎虜未滅。若以羣賢之靈,得保首領,終君魏國,於孤足矣。若孤者,胡足以辱四海?至乎天瑞人事,皆先王聖德遺慶,孤何有焉?是以未敢聞命。」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「徳によるなら私は足りないし、時によるなら戎や虜(西方の異民族)はまだ滅びていないよ。もし賢者たちの霊によって、頭と首を守って、ついに()国を統べるなら、私は足りているね。もし私がそうすることで全土を辱めることになるなら、どうしてそれに耐えられるの? 天の吉兆や人の行いは、すべて先王(曹操(そうそう))の聖人としての徳による遺産で、私は何も持っていないよ。だから、まだ天命を受けることはできないんだ」

曹丕の謙譲(3 回目)

(註23)

己巳,魏王上書曰:「臣聞舜有賔于四門之勳,乃受禪于陶唐,禹有存國七百之功,乃承祿於有虞。臣以蒙蔽,德非二聖,猥當天統,不敢聞命。敢屢抗疏,略陳私願,庶章通紫庭,得全微節,情達宸極,永守本志。而音重復銜命,申制詔臣,臣實戰惕,不發璽書,而音迫於嚴詔,不敢復命。願陛下馳傳騁馹,召音還臺。不勝至誠,謹使宗奉書。」

己巳の日、(そう)()は上書してこう言ったよ。
「私は、(しゅん)が四方の門に客を迎えた功績を持っていて、ついに(とう)(とう)(ぎょう))から禅譲を受けたと聞いているよ。それに、()が国を存続させて700の功績を持って、ついに(ゆう)()(しゅん))の地位を受け継いだとも聞いているよ。私は愚かで、彼ら二聖((しゅん)())の徳に及ばなくて、天命を受けることがふさわしくないんだ。その命を聞くことすら恐れ多いの。だから何度も上奏して、簡単だけど私のささやかな願いを述べたよね。この文章が紫庭(皇帝の宮廷)に広まって、私の小さな志を全うして、心の内を陛下に伝えて、永遠に本志を守りたいと思っているよ。
でも、(ちょう)(おん)がふたたび命を受けて私に対する詔を伝えると、私は恐れて、皇帝の詔書を開くことができなかったんだ。(ちょう)(おん)は厳しい詔命に迫られて、命に従わざるを得ないんだ。どうか帝は急いで使者を送って、(ちょう)(おん)を尚書台に呼び戻してほしいんだ。誠意を尽くして、(もう)(そう)に書を届けさせるね」

ふたたび華歆たちの言葉

(註23)

相國歆、太尉詡、御史大夫朗及九卿奏曰:「臣等伏讀詔書,於悒益甚。臣等聞易稱聖人奉天時,論語云君子畏天命,天命有去就,然後帝者有禪代。是以唐之禪虞,命在爾躬,虞之順唐,謂之受終;堯知天命去己,故不得不禪舜,舜知歷數在躬,故不敢不受;不得不禪,奉天時也,不敢不受,畏天命也。漢朝雖承季末陵遲之餘,猶務奉天命以則堯之道,是以願禪帝位而歸二女。

相国(しょうこく)()(きん)(たい)()()()(ぎょ)()(たい)()(おう)(ろう)(きゅう)(けい)たちは上奏したよ。
「私たち臣下は詔書を拝読して、その内容にますます悩んだよ。私たちは、『(えき)(きょう)』には『聖人が天の時に従う』、『(ろん)()』には『君子は天命を畏れる』とあるのを聞いているよ。天命が去り来るとき、初めて帝王が禅譲を行うの。これによって、(とう)(ぎょう))が()(しゅん))に禅譲して、その天命は(とう)(ぎょう))自身にあって、()(しゅん))が(とう)(ぎょう))を受け入れたとき、それを終わりとしたよ。(ぎょう)は天命が自分から去ることを知っていたから、(しゅん)に禅譲せざるを得なかったの。(しゅん)は自らに天の運命があることを知っていたから、禅譲を受けざるを得なかったの。禅譲せざるを得なかったのは、天の時に従うためで、受けざるを得なかったのは、天命を畏れるためだよ。
(かん)の朝廷は末期になって衰えたけど、それでも天命に従って(ぎょう)の道に則ることに努めたよ。だから帝位を禅譲して2人の娘を嫁がせようとしたんだよ((ぎょう)の2人の娘が(しゅん)に嫁いだことに倣う)。

(註23)

而陛下正於大魏受命之初,抑虞、夏之達節,尚延陵之讓退,而所枉者大,所直者小,所詳者輕,所略者重,中人凡士猶為陛下陋之。沒者有靈,則重華必忿憤於蒼梧之神墓,大禹必鬱悒於會稽之山陰,武王必不恱於商陵之玄宮矣。是以臣等敢以死請。

でも、陛下((そう)())は、まさに偉大な()が天命を受けたばかりの時に、()()の高潔な行いを抑えて、(えん)(りょう)()(さつ))みたいに譲り退くことを重んじておられるけど、その結果、屈したところが大きくて、正されたところが小さいんだ。詳しく扱われたことは軽くて、略されていることは重いよ。普通の人や平凡な士人でさえ、陛下の行いを劣っていると考えるだろうね。亡き者に霊があるなら、重華(ちょうか)(しゅん))は(そう)()の墓ですごく怒って、(たい)()(かい)(けい)の山陰で悲しんで、武王(ぶおう)(しょう)(りょう)の玄宮で喜ばないよね。だから、私たち臣下は、命を懸けて願い出るんだ。

(註23)

且漢政在閹宦,祿去帝室七世矣,遂集矢石于其宮殿,而二京為之丘墟。當是之時,四海蕩覆,天下分崩,武王親衣甲而冠冑,沐雨而櫛風,為民請命,則活萬國,為世撥亂,則致升平,鳩民而立長,築宮而置吏,元元無過,罔於前業,而始有造於華夏。

その上、(かん)の政治は宦官の手にあって、皇室の福は7世代にわたって失われたんだ。その結果、宮殿で矢や石が飛び交って、ふたつの都が荒れ果てちゃった。その当時、四方は混乱して、天下は分裂していたんだ。武王((そう)(そう))は自ら甲冑を纏って、雨に打たれて風に吹かれながら、民のために命を懸けて救いを求めたよ。その結果、すべての国を救って、世の乱れを収めて、人々も安定したよ。民を集めて長を立てて、宮を築いて役人を置いたよ。民は過ちがなくて、前代の業績に劣ることもなしに、中原を創り上げたんだよ。

(註23)

陛下即位,光昭文德,以翊武功,勤恤民隱,視之如傷,懼者寧之,勞者息之,寒者以暖,饑者以充,遠人以恩復,寇敵以恩降,邁恩種德,光被四表;稽古篤睦,茂于放勛,網漏吞舟,弘乎周文。是以布政未朞,人神並和,皇天則降甘露而臻四靈,后土則挺芝草而吐醴泉,虎豹鹿兔,皆素其色,雉鳩燕雀,亦白其羽,連理之木,同心之瓜,五采之魚,珍祥瑞物,雜沓於其間者,無不畢備。古人有言:『微禹,吾其魚乎!』微大魏,則臣等之白骨交橫于曠野矣。

陛下((そう)())が即位して、文徳を輝かせて、武功を助けて、民の隠れた苦しみをねぎらって、傷ついた者を癒して、恐れる者を安心させて、疲れた者を休ませて、寒い者を暖めて、飢えた者を満たして、遠くの者を恩で迎えて、敵を恩で降伏させたよ。恩を広めて徳の種をまいて、その栄光は四方に輝いているよ。学問を親しむことは(ほう)(くん)(ぎょう))より優れていて、網の目が船も飲み込むことは(しゅう)(ぶん)(おう)をもしのぐほど広がったよ。こうして、政治が布かれてまだ1年も経たないうちに、人と神は調和したよ。天は甘露を降らせて、四霊がやってきて、大地は芝草を茂らせて、甘い泉が湧き出したよ。虎、豹、鹿や兎はみんな白い毛になったの。雉、鳩、燕や雀も白い羽になったの。連理の木、同心の瓜、五色の魚、珍しいしるしが次々と現れたよ。古の言葉(『春秋左氏伝』「昭公元年」)に『もしも()がいなかったら、私は魚になっていたのだろう』とあるけど、同じように、もしも()がなかったら、私たちの白骨は荒野に交わって横たわっていたことだろうね。

白い生き物いっぱい。

(註23)

伏省羣臣外內前後章奏,所以陳叙陛下之符命者,莫不條河洛之圖書,據天地之瑞應,因漢朝之款誠,宣萬方之景附,可謂信矣省矣;三王無以及,五帝無以加。民命之懸於魏邦,民心之繫於魏政,三十有餘年矣,此乃千世時至之會,萬載一遇之秋;達節廣度,宜昭於斯際,拘牽小節,不施於此時。久稽天命,罪在臣等。輒營壇場,具禮儀,擇吉日,昭告昊天上帝,秩羣神之禮,須禋祭畢,會羣寮於朝堂,議年號、正朔、服色當施行。」

謹んで臣下たちの内外からの前後の上奏文を拝見して、陛下((そう)())が天命を得ているという内容を見たよ。河洛の図書に基づいて、天地のしるしを根拠にして、(かん)の朝廷の誠実な申し出を受けて、すべての方面にその景気を宣言するというものだったよ。これは信じられると言えるね。三王(()(いん)(とう)(しゅん)(ぶん)(おう))に及ぶものは無いし、五帝((こう)(てい)(せん)(ぎょく)(こく)(ぎょう)(しゅん))にも勝ることはないよ。民の命は()の国にかかっていて、民の心は()の政治に結ばれて30年以上が経ったよ。これは千年に一度の機会、万年に一度の時なんだ。大きな節度と広い度量を今こそ明らかにすべきだよ。細かいことにとらわれてこの時を逃すべきではないよ。長らく天命を遅らせることは、罪は私たち臣下にあるんだ。急いで壇場を設けて、礼儀を整えて、吉日を選んで、昊天上帝に告げて、神々に礼を捧げよう。祭祀が終わった後、朝廷に臣下たちを集めて、年号、暦、服の色について協議して、施行すべきだよ」

(註23)

上復令曰:「昔者大舜飯糗茹草,將終身焉,斯則孤之前志也。及至承堯禪,被珍裘,妻二女,若固有之,斯則順天命也。羣公卿士誠以天命不可拒,民望不可違,孤亦曷以辭焉?」

(そう)()は命令を下してこう言ったよ。
「昔、(しゅん)は干した飯や野菜を食べて、一生をこうして過ごすつもりだったよ。これは私の昔の志だったんだ。でも、(しゅん)(ぎょう)から禅譲を受けると、毛皮の服(立派な服)を着て、2人の娘を妻に迎えることになって、それをまるで自分のもののように受け入れたんだって。これは天命に従った結果だね。公卿や士人たちが本当に天命を拒めなくて、民の望みに逆らえないと言うのであれば、私もどうして辞退できるの?」

帝の言葉(4 回目)

(註23)

庚午,冊詔魏王曰:「昔堯以配天之德,秉六合之重,猶覩歷運之數,移於有虞,委讓帝位,忽如遺跡。今天旣訖我漢命,乃眷北顧,帝皇之業,實有大魏。朕守空名以竊古義,顧視前事,猶有慙德,而王遜讓至于三四,朕用懼焉。夫不辭萬乘之位者,知命達節之數也,虞、夏之君,處之不疑,故勳烈垂于萬載,美名傳於無窮。今遣守尚書令侍中覬喻,王其速陟帝位,以順天人之心,副朕之大願。」

庚午の日、帝は詔を下して(そう)()に向かってこう言ったよ。
「昔、(ぎょう)は天に並ぶ徳を持って、あらゆるところの重責を担っていたけど、歴史の運命を見定めて、有虞(ゆうぐ)(しゅん))に帝位を譲ることをすぐに決めたんだ。今、天が私たちの(かん)の命を終わらせて、北を眺めると、()こそが本当に皇帝の天命を持っているんだ。私は虚名に執着して、古い道に則っていることを恥じていて、過去の事例を振り返ると、まだ徳に恥じるものがあるんだ。そして、(そう)()が3回、4回も辞退していて、私はそれに恐れを感じているの。
天子の位を辞退しない者は、運命を知っていて、節度を守ることを理解しているよ。()(しゅん))や()の君主たちは、それを疑わずに受け入れたよね。だから、その功績は万世に渡って、美名は限りなく広がったんだよ。今、(しょう)(しょ)(れい)()(ちゅう)(えい)(がい)を送って伝えるよ。(そう)()はすぐに帝位に就いて、天と人の心に従って、私の大いなる願いに応えるように」

(註23)

於是尚書令桓階等奏曰:「今漢氏之命已四至,而陛下前後固辭,臣等伏以為上帝之臨聖德,期運之隆大魏,斯豈數載?傳稱周之有天下,非甲子之朝,殷之去帝位,非牧野之日也,故詩序商湯,追本玄王之至,述姬周,上錄后稷之生,是以受命旣固,厥德不回。漢氏衰廢,行次已絕,三辰垂其徵,史官著其驗,耆老記先古之占,百姓協謌謠之聲。陛下應天受禪,當速即壇場,柴燎上帝,誠不宜久停神器,拒億兆之願。臣輒下太史令擇元辰,今月二十九日,可登壇受命,請詔三公羣卿,具條禮儀別奏。」

(しょう)(しょ)(れい)(かん)(かい)たちは上奏して言ったよ。
「今、(かん)の帝から命令が4回も届いたけど、陛下((そう)())は前後わたって固く辞退されているよね。私たちが謹んで考えると、上帝の臨むところは聖人としての徳にあって、偉大な()に運を栄えさせたのは、数年のことなのかな? 伝えられるところによると、(しゅう)が天下を有したのは甲子の朝(決定された吉日)ではなくて、(いん)が帝位を去るのは(ぼく)()の戦いの日ではなかったんだよ。だから、『詩経』は詩序において(いん)(とう)(げん)(おう)を追って、()(しゅう)(こう)(しょく)の生を述べているように、天命を受けることが確固たるものであれば、その徳は揺るがないの。 漢の帝室は衰えて、行くべき道はすでに絶えているよ。三辰(太陽・月・星)がその兆しを示して、史官(記録官)がその証拠を記しているよ。年長者は古代の占いを記憶して、民は協力して歌や詩を唱えているよ。陛下は天に応じて禅譲を受けるべきで、すぐに壇場に登って、柴燎(祭祀のための火)を上帝に捧げるべきだよ。帝位を長く停めて、たくさんの民の願いを拒むべきではないよ。私は(たい)()(れい)(記録官)に元辰を選ばせて、今月の29日に壇に登って命を受けられると判断したよ。(さん)(こう)や臣下たちに詔を下して、礼儀を整えるように別に奏するようにお願いするよ」

(註23)

令曰:「可。」

(そう)()は、「いいよ」と言ったよ。

3 回おことわりしてから OK するのが儀礼なのかも。
現代的な感覚からすると、予言や占いや天文とかこじつけっぽいところがあるけど、儀式ってそういうものだよねっていう感じで大まかに読むといいのかも。

続き → 正史『三国志』魏書文帝紀をゆるゆる翻訳するよ! その 3

Share